日常日記

店長の日常

8時30分ころ起きる。体重は、計るのを忘れた。昨日の掃除や洗濯がまだ残っていて、そっちのほうに意識が向かっていたため、忘れてしまった。掃除や洗濯を終えたあと、ヨガをやり、ジョギングにでかけ、帰りにチーズナンを食べた。チーズナンは何度食べても美味しい。帰ってきて、コラムを1本書いた。「自慢の一杯・その2」。自慢の一杯のその1の続きだったのだけど、違うタイトルのほうがよかったかもしれないと思った。内容は、これまでコラムでも何度か書いてきたことであり、目新しいところは何もないと思った。でもまあいいか、という感じ。コラムを全部読んでくださっている方なんてそうそういないと思うから、同じことを書くことは大切だと思っている。過去のブログをたまに読んだりすると、「自分はずっと同じことを書き続けてきたんだなあ」と感じる。
書き終えてからは、本を読んだり、漫画を読んだりした。読むことに疲れたあとは、横になって、夏目漱石の「こころ」をオーディオブックで聴いた。「こころ」は、「行人」のあとに続く作品らしい。「こころ」にしろ、「行人」にしろ、理屈っぽい人間がでてくる。漱石は、自分の中の理屈好きなところに悩んできたように感じる。だからこそ、ぼくの心にとても刺さってくる。自分もすごく理屈っぽいからだ。理屈っぽい人間は「頭でっかち」とも言われ、基本的に人からは嫌われる。特に女性は理屈っぽい人間が嫌いだ。かといって、理屈っぽい人間が理屈から離れるのは、とても困難なことである。それに、必ずしも理屈を言うことがいけないわけでもない。エイジャの仕事を長く続けるにあたって、理屈は役に立ってきたような気がする。理屈の何がいけないのかというと、理屈を通して他者と関わると、他者と心を通わす交流が難しくなるからだと思う。そして、そのことで人は苦悩する。漱石作品は、そのような人の苦悩を上手に描いているのだと思う。