つい最近、サイエンス作家「竹内薫」さんのXのポストをみて、ほんとその通りだなあと思いました。
古典が無駄かどうかが話題になっていますが、「心にグッとくる」体験は決して無駄ではないはず。と、さりげなく自著を宣伝(笑) https://t.co/ntdW4Km9Y1
— 竹内薫(サイエンス作家) (@7takeuchi7) 2024年2月28日
これは、学校教育の影響だと思うのですが、わたしたちは、何をやるにしても「自分にとって役に立つかどうか」、「損か得か」という判断基準で、決めようとしてしまいがちにように思います。学校教育は子供の心に「損得勘定」を植え付けてしまうところがあるように思うのです。そして、これが人生を狭めてしまうところがあるような気がするんですよね(って、大した経験をしてきたわけではないのですが・・・)。なので、わたしの考えでは、学校の勉強よりも、「心にグッとくる体験」のほうが、大切なのではないかと思うのであります。
(もちろん、学校の勉強や部活動の中にも、「心にグッとくる体験」はたくさんあると思いますので、全否定しているわけではありません)
なんで、カップル喫茶マスターの分際もんで、偉そうに教育論めいたものを語っているのかというと、たまに、会員さんから「子供が不登校なんです」と言われることがあるからであります。そんなときわたしは、「不登校でも心配はないと思いますよ。学校教育の洗脳から逃れられるという良い面もあると思いますから」などということを、無責任にも言ってしまったりします。
とはいえ、カップル喫茶マスターが教育を語っても、なんの説得力もないのは承知の助なのであります(笑)。
なので、ほかの人の手を借りなければいけないのであります(笑)。
たとえば、この本。
とはいえ、例によって、内容紹介を読んだだけで、実際に読んだわけではありません(笑)。でも、面白そうなので、とりあえず、図書館で予約してみました。
内容紹介の一番最初に、「無益さにこそ価値がある!」とありますが、これは「損得勘定なしで楽しめることにこそ価値がある」ということではないかとわたしは解釈しております。
ほかに、学校教育批判の書としては、以前にもご紹介させていただいた、この本。
タイトルに「アンラーニング」とありますが、これは直訳すると「学習棄却」、つまりは、「これまで学んできたことを捨て去る」ということらしいです。「時代の制約」から来る思い込みを捨てる、といってもよいかもしれません。そして、これからの時代に求められている学びは、アンラーニングという名のラーニング(学び)なのではないかと思うのであります。
で、最終的にわたしが何が言いたいのかと申しますと、エイジャという場所は、この時代の価値観(時代の制約)からすれば、否定的な文脈で語られがちな場所であり、エイジャに来たからといって、有益なものを得られることないとは思いますが、時代の制約から逃れることで、「心にグッとくる体験」をできることはあるかもしれませんので、皆さん、どうぞお気軽にお越しください、ということでございます(笑)。