日常日記

店長の日常

8時15分に起きる。体重57,0キロ、体脂肪率14,1パーセント。

今日は6月15日。6月15日は、ぼくにとって記念日なのである。というのも、初めてカップル喫茶のマスターとして、お店に立ったのが、2002年の6月15日なのだ。エイジャの周年記念日は7月1日なのだけど、その前に、6月15日から30日までは、エイジャの前身である「ドキドキ・パラダイス」さんの看板で営業したのだった。エイジャはぼくがゼロから立ち上げたわけではなく、「ドキドキ・パラダイス」さんを引き継いだ形で、オープンすることになった。「ドキドキ・パラダイス」さんは、3年ほど営業されていたので、この場所でのカップル喫茶としての営業は24年だったりする。21年も営業を続けていると、「そんなに長く営業できてすごいですね」と言っていただけることも多いのだけど、でもこれだけ長く続けてこれたのは、「ドキドキ」さんの3年間に拠るところがとても多い。もしも、ぼくがゼロから、この場所でカップル喫茶を立ち上げていたとしたら、店内構造や内装は、今とは全然違っていただろうし、長くは続かなかったように思う。個室が5席で、大部屋が7席という基本的な店内構造は、「ドキドキ」さんが作ってくれたのである。ぼくがやったことは、それを土台として、その上に、お客さまと協力し合いながら、カップル喫茶のあり方を構築していったということになるかと思う。6月15日は、そんな土台を作ってくれた「ドキドキ・パラダイス」さんに感謝を捧げる日にしたいと思う。

 

図書館から、「哲学する漱石」の準備ができたとメールがあり、早速、取りにいってきた。図書館からの帰り道、パラパラめくって読んでいたら、すっかりハマりこんでしまい、本を読みながら、お店まで帰ってきた。「おわりに」に次のようなことが書いてあった。

 

「縁」を生きるということ

和辻にとって、漱石とのつながりが人生を支えるような「縁」であったように、漱石自身も偶然の縁に導かれて、人生を歩みすすめていった。

 

また、最初のほうのページには、こんなことが書いてあった。

 

外からは「狂人(神経衰弱)」とみなされるほど、決死の「自分流」をつらぬかなければ、「天分を尽くす」ことはかなわないという実感がそこにはあるだろう。

 

とても励まされる思いがした。

 

ぼくのような人間が「天分を尽くす」などといっても、ほとんど誰も相手にしてくれないとは思うのだけど、この仕事を続け、ブログを書き続けることは、ぼくの天分なのかもしれないと思った。その結果、何がどうなるかなんてことは、まったく分からないけれど、そう信じて、一生懸命がんばっていこうと思った。