今日は、20年前の、2003年の7月26日に書いた日記から。
その昔、喫茶は喫茶でも歌声喫茶というものがあったらしい。
ロシア民謡だかなんだかを、そこに集まったみんなで合唱するのだ。
全盛期には結構なお店の数があったということだ。
もしも、自分の母親か父親もしくは両方が、歌声喫茶で声を張り上げて歌っていたとしたらちょっと引いてしまうかもしれない。
というより笑ってしまうかもしれない。
見知らぬ男女が、歌好きという共通点で集まり、一致団結して歌う。
そこにはおのずから連帯感が生まれたことであろう。
歌声喫茶が歌声なら、カップル喫茶は歓喜の声だ。
ごくたまにだが、大部屋7席(円形に配置されている)のカップルさんがほとんど同時にスタートし、7人の女性の高らかな、美しい歓喜の声が部屋いっぱいに響き渡る。
こんなときぼくは小躍りしたくなるほどうれしくなる。ガッツポーズしたくなる。
ぼくが考えるカップル喫茶の理想の最高の形がそこにあるからだ。
無言のコミュニケーションの中、一致団結できた喜び、
そこから生まれる連帯感、そしてなによりも達成感がある。
美しい瞬間である。
まさにエロスだ。
昨日、ひるわけに参加されたカップルさんの女性に、
「じつはマスターは高度なことをやろうとしているのでは?」と言われ、
びっくりした。
「素晴らしい!初めて分かってくれた人がいた!」
そんな思いであった。
お互い話さなくてもエロ魂で分かり合える、以心伝心、拈華微笑の世界を大部屋では繰り広げたいのだ。
ものすごく久しぶりにこの日記を読んだのですが、もうすでに20年前に、このような結論に至っていて、ちょっとびっくりしました。今でも、この考えは変わっていなくて、究極のカップル喫茶の盛り上がりって、一致団結した相互鑑賞の雰囲気なのではないかなって思っていたりします。
11年前に書いたこの記事も、そのことについて書いてます。
とはいえ、このような盛り上がりは狙ってできるようなものではないんですよね。どんなカップルさんがお集まりになるかによっても雰囲気は全然変わってきてしまいますし。カップルさんお二人の関係性もとても大切になってくるような気がします。
そして、ぼくの考える究極のカップル喫茶を曲にするなら、この曲になるのであります。少し前に、カラオケで歌わせていただきました(笑)。